「火垂るの墓」は実話?節子の病気の真相と海外の反応。世界中が号泣した悲劇の裏側を解説

今回は日本人なら誰もが知っているといってもも過言ではない、火垂るの墓について

内容は原作者の体験も一部ありますがフィクションです。

日々衰弱する節子栄養失調に皮膚炎?は病気だったのか
号泣するシーンや海外の反応を簡単に説明できればと思います

火垂るの墓海外の反応は?

海外では、単なる「アニメ映画」という枠を超え、「史上最も悲しい映画の一つ」「最も強力な反戦映画」として極めて高く評価されています。
ただ戦争が悲惨なものということだけに限らず、子供だけで生きていく、たくましい姿も、評価の高いポイントではないでしょうか
米映画批評サイトのロッテントマト(Rotten Tomatoes)などのレビューサイトでも、批評家・観客ともに90%を超える驚異的な高評価を維持しています。
上記から日本だけでなく世界的に評価が高いことがわかります。

火垂るの墓節子は病気だったのか

重度の栄養失調による体調不良だったのではないか
食べ物が手に入らず、体に必要な栄養が完全に枯渇し、
衛生的にあまりよくない水を飲んでいたせいで、おなかを下すなど、基礎的な免疫力の低下も進んでしまった。
さらには、あせもによって皮膚の炎症が悪化してさらに体力を奪いました。

火垂るの墓は実話なのか?

野坂昭如(のさか あきゆき)氏の自伝的な小説が原作のため、フィクションです。
ただ、原作者の野坂さんが、1945年の神戸大空襲を経験し、疎開先で妹を亡くしています。妹に十分な食べ物を与えられなかったという強い罪悪感が、この物語を書く動機となったといわれています。
フィクションではあるが、野坂さんの気持ちや、人々に何か伝えないといけないという使命感からこの作品が作られたのかもしれないですね
私は幸せなことに戦争を体験したことも、見たこともありませんが、このむごさを、映画にしようと心を決めた野坂さんは、作品を作りながら苦しいこともたくさんあったと思います。
それでも、いまもなお語り継がれる映画となりました。
きっとこれからも戦争が続く限り、この映画は後世にも残る作品となることでしょう
野坂昭如さんは、残念ながら2015年12月9日に80歳で亡くなられています。歌手として『黒の舟唄』をヒットさせたり、作詞家として誰もが知る『おもちゃのチャチャチャ』を手がけたりと、非常に多才な方でした。

火垂るの墓号泣する人続出…!

わたしも書きながら目がウルウルしてしまいますが、話が進むにつれ、節子はどんどん体力がなくなり、意識がもうろうとしていきます。
何度も見ているため内容はほとんど覚えているのですが、どうしても涙なしに見ることはできません。
衰弱した節子が、空腹を満たそうとしたのか、もう考えることができなくなっていたのか、空のドロップ缶の中に「おはじき」を入れて、それをドロップだと思って舐めているシーンは、どうしても胸が苦しくなります。
そしていよいよ栄養失調が深刻になった節子が、土をこねて「ごはんですよ、おあがり」と言って、清太に泥の団子を差し出すシーンも非常に辛い場面です。
お兄ちゃんはそれを見て、なにもしてやれない自分を、慕ってくれて、思いやってくれる節子のことが、愛しくてしょうがなかったことでしょう。
物語のラストは、大好きだったぬいぐるみや、大切にしていたものを一緒に入れて、亡くなった節子を清太が一人で火葬します。
静かに燃える炎を見つめ、二人で見た蛍とかさねる清太。
決してハッピーエンドとはいえないラストです。
ですが、ただ悲しい、ただ無残だというより、ふたりの生活や、お互いを信頼しあい、少しでも楽しく過ごせるようにと様々なシーンが行きかいます。
もちろん笑えるシーンもあるので、ハンドタオルを持参して、見ていただけたらなと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました